社長コラム

三国志から学ぶ(その24)中庸

先日栃木県足利市に在る足利学校を訪れた。そこで目に留まったのが「宥坐の器」(ゆうざのき)自らの戒とするための道具であった。 器に水が入っていない空の時は傾いているが、丁度よい量の水を器に入れるとまっすぐになる。水を入れすぎるとひっくり返り全てこぼれる。 この器のバランスが「中庸」の在り方を示している。 今回のコラムは三国志に於ける英雄たちが、いかにして企画構想力、組織(軍事)統率力、洞察力(時・状況・人の心を読みとく)等の「中庸」を保ちつつ、 どのように乱世を生き抜いたか考察していきたい。
(注:劉備玄徳=劉備・曹操孟徳=曹操・孫権仲謀=孫権・諸葛亮孔明=孔明・司馬懿仲達=仲達)


「中庸」は論語の中で孔子が最高の徳として説いた概念とされる。その中の有名な格言に「中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民鮮なきこと久し。」がある。 「中庸」を保つ中心軸が、両極端のちょうど良いバランスを保ちつつ、心の内面を綺麗に修めるという考え方だとすれば、これほど尊く、難しいものはないであろう。 中国故事「菜根譚」には「いい加減を知る」、また故稲盛和夫氏の哲学「動機善なりや、私心なかりしか」にも私利私欲がない「中庸」思想が記されている。 月は満ちれば欠け、潮も満ちれば引く、季節が巡りゆく春夏秋冬も「中庸」という自然の摂理によって私たち人間は生かされていることが分かる。


◆「天下三分の計」から始まった三国志という「中庸」
本題に入ろう。三国志の英雄達の中で「中庸」にふさわしい人物は一体誰であろうか。
それは孔明曹操ではないかと思われる。 その最たるものは孔明が乱世の中国を、魏、蜀、呉を三つに分けた企画構想「天下三分の計」であろう。 その三国志演戯で両雄は善悪の中庸(バランス)的な役割を演じた。 もし孔明が劉備に仕えず、曹操または孫権に仕えたとするなら、「天下三分の計」にはならず、その後の歴史は変ったであろう。 その視点で想像してみると、孔明が中心軸で、どちらにどう動くかのバランスを計った人物となる。 孔明が劉備に仕えたことで、その均衡バランスは保たれた。 孔明が劉備に仕えた理由は、「三顧の礼」にみた人間性(誠実さ、謙虚さ)、漢の末裔としての「漢の再興」を掲げた私利私欲のない一途さに惹かれたことに他ならない。 劉備の悲願は曹操、孫権が目指した天下統一とはまた違う、高邁な精神によるものであったことが窺える。 そういう意味では、孔明曹操、孫権には仕えることはなかったであろう。 劉備が持ち合わせていた仁徳に孔明の才知(軍略/兵法)が加わったことで、劉備は曹操、孫権と対等に戦うことができるようになった。 ここに軍師孔明の真の存在意義があり、劉備を補佐することでその才知が開花した。 これもある意味ひとつの「中庸」の形かもしれない。


◆「アート」「サイエンス」「クラフト」個々の強みを生かした適材適所組織の「中庸」
最近読んだ山口周氏著書「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか」に深い感銘を受けた。 それを私なりの言葉で表現してみると、経営は「アート型(直感・感性)」・「サイエンス型(論理的)データ分析(財務/市場)」・「クラフト型(現場部門の統括)専門性な現実対応」3つの型が混ざり合っている。 トップの役割は「アート型」として①会社を「作品」と考える。 ②理念(思想・哲学)と壮大なビジョン(強い思い)をつくる。 そのビジョンが大きなエネルギーを生み、組織に勢いをつける。 「アート」のトップが主導し「サイエンス」と「クラフト」が脇を固めてパワーバランス(理想と現実)を均衡させてトップを支える。 トップが「アート」的な理想(熱いロマン)と「サイエンス」的な現実(冷たいソロバン)の両面を持合せていることが求められている。
それらの組織的な役割を三国志の曹操孔明に当てはめてみよう。
そのトップのもつ「アート」(直感・感性)」な観察力と洞察力(時・状況・人の心を読みとく鋭いひらめき・本質を捉える)、 軍師のもつ「サイエンス」企画構想力、情報収集力、リスク分析力、軍略(兵法)と兵站(兵糧)を兼ね備えたのが曹操孔明の両雄であろう。 「サイエンス」を担う軍師孔明の指示の下、「クラフト」役の関羽 張飛 趙雲等が将軍として敵軍と戦う構図である。 経営同様、三国志でも、この3の軸で組織の役割バランスを計っている。 組織に於ける「中庸」は、個々の強みを生かした適材適所で成り立っていると言えよう。


◆「アート」と「サイエンス」、「中庸」における曹操と孔明の共通点
曹操孔明は芸術的な感性(直感力)と論理(分析力)のバランス感覚に優れた軍略家、政治家、当代きっての知識人、理想家であり、合理的な現実主義者でもあった。 そして倹約(軍資金を蓄えるために)を重んじた。現実を受容し、冷静沈着な思考により、窮地を好機に変えた。

曹操孔明の「アート」芸術性(感性)と「サイエンス」(論理)思考の両極端な側面
「アート」詩人、書家、文化人(文化的な教養を身につけた教養人)
 曹操:著名な詩(短歌行・苦寒行・歩出夏門行)を残した感性に溢れた詩人。
 孔明:書家、夜更けの静寂の中で一人香を焚き、琴を奏で心休めた文化人。
「サイエンス」軍略家(兵法家)発明家
 曹操:「孫子の兵法」を読破し、独自の実践理論を確立した「孫子の兵法」の推進者。
 孔明:八つの陣形「八陣」=魚鱗・鶴翼・雁行・彎月・鉾矢・衡軛・長蛇・方円を合戦の     状況に対応しながら勝つための兵法を考案。研鑚を積んだ知識は、中から矢が放てる     木製の戦車「損益連弩」(そんえきれんど)、山地の前線に兵糧を運ぶのに便利な「木     牛流馬」(もくぎゅうりゅうば)を発明。
「理論なき実践は暴挙なり、実践なき理論は空虚なり」は両雄に共通する格言である。
「企画力」曹操:「屯田制」(農地開拓で遊民を救った経済政策)。孔明:「天下三分の計」
「人間性」曹操:敵将関羽との惜別(情理)。孔明:「泣いて馬謖を斬る」(寛と厳)。
「軍略」共に「兵は詭道なり(騙し合い)」・「奇正」(奇襲と正面攻撃との使い分け)の名手。
 曹操:「官渡の戦い」袁紹軍の兵糧基地である鳥巣(うそう)を奇襲して大勝。
 孔明:「空城の計」・「死せる孔明生ける仲達を走らす」では、魏軍の兵を攻めず、仲達の     心を攻めた。心理戦の展開である。「戦わずして勝つ」を用いた孔明ならではの最期     の使命であった。
共に並外れた能力の持ち主、特に曹操は中国史でも何本の指に入る頭脳明晰で優秀な人物で、 兵法は孔明より優れていたと言われた、乱世の奸雄(かんゆう)として、これまでの時代(乱世)を新しく変えていった人物であった。
両雄に違いがあるとすれば、孔明は気象、地政の知識に精通。
曹操は徳よりも才能重視で才人を登用、仲達を登用したため、後に魏が滅んだ。これが後に魏を滅ぼす原因になろうとは、これも歴史の皮肉としか言いようがない。


◆「赤壁の戦い」は「中庸」を欠いた戦い
曹操54歳、勝ちを急ぎ過ぎたために、悲願の中国の統一を目前にしての敗北であった。
曹操の4つのミス、①得意の騎馬戦でなく不慣れな水上戦で挑んだ。 ②冬の疫病(風土病)が兵士に感染した。③水上戦の十分な訓練をしていなかった。④季節の変わり目に起こる群発頭痛が毎晩続き判断力を失った。 人間は心と身体のバランスを崩すと病気になる。「赤壁の戦い」は天の時(タイミング)、地の利、人の和(結束力)の「中庸」を欠いた戦いであった。 これ以降、曹操孔明のように、日常、窮地の時を問わず、平常心(怒らず、恐れず、悲しまず)を保つ努力を重ねた。 平常心は心の「中庸」の胆である。冷静沈着でいることで周りが見てくる。この敗北が、後の孔明立案の「天下三分の計」を引き出した。 三国志の始まりとなった戦いであった。


◆アンバランスの中のバランス
一見「中庸」とは異なる逆説的な考え方のように見えるが、「中庸」の本質を見事に捉えた見識である。 日本のドラッカーと呼ばれた伝説のコンサルト、故一倉定氏の言葉を私なりに解釈すると「企業の成長度合いが大きければ大きいほどアンバランスの状態も大きい。 優れた会社、成長する企業はあえてバランスを破りながら前進している。会社が発展途上の段階では、一時的にアンバランスになる時はある。 アンバランスにした後でバランスをとりながら安定成長していく、アンバランスの中のバランス」という考え方だ。 確かに伸び盛りの子供の身体は成長痛等のようにアンバランスに成長していく。企業経営に於ける素晴らしい「中庸」思想である。


◆W杯サーカーにおける日本代表チームの「中庸」
W杯サッカーで日本は惜しくも敗れた。だがその闘う勇姿を見て、視聴者は元気と勇気に対し、感動をもらったことであろう。 「勝つと見えなくなるものがある。負けるのは嫌だが、敗北は最良の教師だ。強国を分析し、まねするのはいい方法ではない。 日本の長所を磨くことだ。」元日本代表監督のオシム語録である。人生の達人とは、マイナスの中に価値を発する人である。
実は孔明曹操は一番多く戦いに勝ち、また一番多く戦いに敗れてもいる。 両雄は敗戦から多くを学んだ。敗北したという現実を受容し、過去のことをいつまでも悔いるよりも、「この次は、こうしようと」という解決策を考えた。 その日本代表チームは、守りながら攻める、攻めながら守る、攻守の切り替えの早さ、冷静な判断力でバランスを計りながら、 チームの心に勢いをつけた戦いぶりに「中庸」の大切さ教えてくれた。
孔明の名言がここにある。「冷静さは、万事の基本である。成功を願うのであれば、まず心を静めて人生の目標を定めよ。 人生の目標を深く考えることで、周囲の喧騒や自身の動揺に惑わされなく、冷静な行動が取れるようになる。」
「汝の心の中を静めよ」と「中庸」という秤(はかり)は、言わんばかりである。


2022年12月21日


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